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動画ろんだん@松田政策研究所㉞~クラシック音楽をめぐる対談シリーズ(その1)~

文化は人間が生きる力である。今回のコロナ禍に当たってドイツのメルケルが呼び掛けた演説の最初に、まさにKultur Machtの重要性を挙げた通りです。とりわけヨーロッパ人は音楽を通じてさまざまな事態を打開し、歴史を創り上げてきた。実は、そのクラシック音楽は、世界の中でも日本人こそが良き理解者として支えている面があるようです。人間はなんのために生きるのか、社会で人々が結びつくことでどのような価値が創造されるのか、文化なくして国家なし…。松田政策研究所では音楽、社会思想や文学といったジャンルについても有識者との対談を順次、配信してまいりました。

ここでは、クラシック音楽に関して、音楽学者である樋口隆一・明治学院大学名誉教授と行った、バッハ、ブルックナー、ベートーヴェン、そしてモーツァルトを語り合った対談と、クラシックマニアでもある著作家の宇山卓栄氏とベートーヴェンや、ドイツ音楽とフランス音楽との比較などについて語り合った対談の動画を、以下、ご紹介します。

私自身がチェロ奏者としても活動しておりますので、音楽に対してはそれなりの思いがありますが、対談を通じて、こんにちのコロナ禍を人々が生きていく上でもねあるいは日本の国家戦略を考えていく上でも、多数の珠玉のごとき発見がありました。クラシック音楽にあまり馴染みのない方でも、いずれの動画も面白くご覧いただけると思います。

Ⅰ.樋口隆一氏(明治学院大学名誉教授 音楽学者・指揮者)との音楽対談
●「樋口隆一先生と語る!バッハの魅力とヨーロッパのクラシック音楽」
バッハ、といえば、オリンピックのバッハ会長のことではなく(日本語では小川さん)、他の偉大なる作曲家とは段違いということで私と樋口隆一さんと意見が一致した、あの音楽の父、ヨハン・セバスティアン・バッハ、誕生日は1685年3月21日とされていますが、ユリウス暦では本日、3月31日が誕生日です。

私が最初にクラシックの世界にのめり込んだのはバッハがきっかけ。一時はバッハ気ちがいになり、高校入学とともに入ったオーケストラでチェロを選んだのも、バッハの無伴奏チェロ組曲を弾きたかったからでした。

松田政策研究所で歴史シリーズとして樋口中将のことを語っていただいた樋口隆一さんは、実は、音楽学者、指揮者であり、バッハの研究の専門家でもあります。思い切ってバッハについて語り合いました。

樋口さんもチェロからバッハに入ったようです。何百曲もあるバッハのカンタータ、タイトルがそれぞれ面白い。バッハの本質はカンタータにある。そこを攻略したい…。樋口さんが指揮するカンタータのCDをプレゼントしていだきました。

入っていくとどんどん広がっていくのがバッハの世界。一つ一つの曲が大宇宙。やはり、私と同じことをバッハに感じていらっしゃいます。バッハファンはみんな友達になれる。

バッハは時代を超越した音楽でもあります。バッハが亡くなったのは1750年でしたが、18世紀はヨーロッパが教会中心から社会が変化した時代。キリスト教的ヒエラルキーのもとでの調和…。バッハのその後の人々が実現できていない、現代人がのめり込む世界です。

バッハまでの音楽は和声法ではなく対位法。それが20世紀になって見直されました。特にワーグナー以降、1オクターブの音を平等に使うようになり、無調に。シェーンベルクが12音に再構成。

樋口さんはウィーンでもシェーンベルクを研究。シェーンベルクセンターがウィーンにできた。そこの最初の外国人研究家に。

東ベルリンにせよドレスデンにせよ、まだ壁の東側があった頃、そこには19世紀の伝統が残っていました。本物のドイツのふるさとは東ドイツに。それが壁の崩壊でなくなり、音楽も商業主義一色になっていったのは寂しいという点でも意見は一致。

話題は、最後にウィーンの話に。ウィーンの人々は日本に親近感。イエズス会が日本に来たが、もともとウィーンではイエズス会が大きく、当時の日本にウィーン人たちはだいぶ入っていた。その伝統がずっとある。あの世紀末文化も日本の影響。浮世絵とクリムト。

ブラームスも琴で六段を聞いている。それが絵になって残っている。当時、日本の音楽が西洋音楽に編曲されていたのを、琴を聞いていたブラームスは、あまりにヨーロッパ的だと添削したそうです。

ご存知でしょうか、葛飾柴又とウィーンのある区が姉妹都市であることを。昔のウィーン市長が虎さんを見て涙したそうです。この下町気風こそウィーン気質。モーツァルトだけがウィーンではない。

話題にも出ていたバッハの無伴奏チェロ組曲、第6番ニ長調を、フルニエのチェロの音色でお楽しみください↓
https://www.youtube.com/watch?v=07VzRnO_4Ts

●「樋口先生とブルックナーを語る!」
オーストリアの民族衣装を着てご登壇いただいた樋口隆一先生。「ブルックナーを知るためにはバッハを知らなければいけない」…やはりそうだった。

収録後、樋口先生からは「これだけブルックナーについてまとまった番組は初めてなのではないか」とのご感想でした。

かつてブルックナーブームを日本で創ったのも樋口先生。

一般にブルックナーの音楽は女性からあまり好かれないとされますが、なぜなのか…?ある女性が「セクシーではないからよ」、と。実際にモテなかったそうです。

バッハと同じく、ブルックナーは壮大な宇宙、聴き終わったあとの満足感・・・大きな気持ちになれる。それが救いになる。まさに男性が好きになる音楽。

マーラーもバッハもモーツァルトも、シューベルトも・・・セクシーだった。ブルックナーの場合、外見は冴えなくても、惚れっぽい人だったとのこと。告白してはふられていた。

やはり、この本の写真のように、ブルック名へといえば、ザンクト・フロリアン教会の華麗なるバロックの大空間と大オルガンであり、このバロックの天井画・・・、「修道院教会の高いアーチ天井を突き破り、それを超えて広い天空へと届く・・・現世的な次元はもはや関わりがない。」、前記のノヴァークの本は楽理だけでなく、ブルックナーの音楽の本質を随所で、素晴らしい言葉で表現しています。

教会音楽と交響曲には、ブルックナーにおいて密接な関係がありました。「神との対話のために教会音楽、人間との対話のために交響曲」

ブルックナーの音楽を言葉で表すとすれば、・・・もう一度、ノヴァークの言葉を引用します。

「ブルックナーの名前を聞いて、音楽好きの人間がすぐに想像するのは、管楽器の力強い和音、コラール、心を奪う高揚と高潮点であり、さらには譬えようもない迫力ある旋律や優しい弦楽器の響きであろう。わたしたちは、彼の偉大さは神と近しいこと、つまり至高の神に対して衰えることのない責任の自覚を持っていることから来ている・・・彼の音楽は・・・信心深さに由来している。」

他方で、私自身はやはり、ブルックナーの音楽は、上部オーストリアの自然や風土と切り離せないと、長年、感じてきました。あの地方をくまなくドライブすれば、ブルックナーの音楽が自然に湧き上がってきます。

サウンドオブミュージックの舞台にもなったザルツカマーグート、その山岳や渓谷などの自然、巨大なパノラマです。かく言う私に樋口先生も共鳴、ブルックナー節を番組で口ずさんでいただきました。

ちなみに、私が対談で引用したブルックナー交響曲第8番、ザンクトフロリアン教会での生演奏を、カラヤン、ウィーンフィルの演奏でお楽しみください(・・・ちょっと長すぎますか)。↓
https://www.youtube.com/watch?v=0ytSj6mSgJg

●「生誕250年 樋口先生とベートーベンを語る」
コロナ危機に際してドイツのメルケルが5月9日に行った演説で優先順位のトップに上げたのが芸術支援。文化力(Kultur Macht)こそが生きる力。

いまの日本の危機は新型コロナの危機というより、メディアが煽る「コロナ脳」の危機だと思いますが、本日は広島原爆の日でもあります。当時、科学的知識のなかった日本人の間で、放射能をうつすといって被爆者を差別したそうですが、コロナでも同じことが起こっているのではないでしょうか。

さて、今年はベートーヴェンイヤー。生誕250年です。世界各地で多数の記念コンサートのはずだったのですが…、実は、ベートーヴェンの音楽の重要なモチーフは「危機を好機に」。いまの危機は精神の危機でもあります。ベートーヴェンの音楽でこの危機を乗り切りたいもの。

そのベートーヴェンは実は、女と酒に浸りきったセクシーな人物でもありました。

文化対談、音楽シリーズ、音楽学者の樋口隆一先生との3度目の対談です。

樋口先生とは、本チャンネルでバッハ、ブルックナーと対談してきました。両作曲家ともねその音楽からはいきなり宇宙的な大きな構造が。それに対してベートーヴェン(以下B)は、人間的な苦悩や感情から普遍的な境地に入っていく音楽といえるでしょう。

前回は樋口先生が訳されたノヴァークの「ブルックナー研究」を題材にしましたが、今回は同じく樋口先生の訳書であるエリカ・シューハルト「このくちづけを世界のすべてに」をご紹介しています。

Bはなかなかとらえどころのない多相な人。B研究へのアプローチのしかたも多彩。その中で、シューハルトは社会心理学者、コールに声をかけられて国会議員も、頑張り屋の女性で日本びいき。音楽学者には書けない本。

つまり、単なる音楽学者には扱いきれないのがB。Bの心理分析をしている。危機から立ち直った人の伝記の専門家だが、皆、パターンが似通っている。人間は螺旋的な道筋をとって、最後は…。危機を好機に転じて克服していくということとBとは密接な関係。

Bはウィーンデビューの若いころから難聴。難聴の音楽家とはなかなか人には言えない。苦難があった。聴こえないから演奏できない。それが頭の中の音に集中して楽譜の中に素晴らしい繊維を創っていく上で貢献。

Bで最も好きな曲は?と問われると、私、松田は、後記の弦楽四重奏曲、なかでも13番を上げます。Bの音楽的成熟の頂点は、後期の弦楽四重奏曲と、「第9」と、ミサソレムニスとされます。

私がこの13番を挙げると、「渋い」と言われたりしますが、Bが内省を重ねて独自の境地と喜びの世界に到達したこの曲の深みは、なんともいえない悦楽てだあります。

では、樋口先生は?やっぱり「この曲はすごい。ちゃんとお客さんを喜ばせようかなという所で泣き所もつかんでいる。その点が大家。」

前回の対談で、樋口先生は、ブルックナーの曲が女性に好かれない理由として、ブルックナーがセクシーではなかったことを挙げていましたが、Bといえば、女性関係が結構、華やかで、セクシーすぎるぐらい。小説が書けるほどだったとのこと。

結局、満たされなかった。貴族の女性が好き、時として人妻。なかなか結ばれない。「不滅の恋人」への手紙。これも人妻。とにかくわがままな人。作曲に集中していない日がない。家庭など持てない人。人格的にも滅茶苦茶。

私(松田)がかつて、ドイツ留学時に住んでいたボン(Bonn)は、Bの生誕地。その郊外を歩いたり、ライン河のほとりを散歩したりしていると、自然とBの曲が浮かんできたことを記憶しています。あのあたりもブドウ畑。

Bのお父さんもアル中で破綻。B自身もアル中で飲みすぎ、最後は肝硬変だった。Bはウィーンであちこち引っ越すが、大抵、ホイリゲの隣に住んだ。ワインが毎日飲める。

女と酒…Bは男の夢を全部やった人。

人間的な家庭的な喜びをあきらめたあと、Bは鬱になり、立ち上がる。そしてバッハに傾倒。ミサ・ソレムニスはバッハの「ロ短調ミサ曲」を乗り越えようとの野心で作曲。

しかし、大変それが難しい曲だったので、「第9」を書いた。大衆向けに。宗教と大衆向けと両方やったのはブルックナーもそうだが、それはBを真似たもの。

「ハイリゲンシュタットの遺書」とは…、Bは遺書を書いたことが一つの治療効果になった。耳が聞こえない本人は死ぬつもりだった。作曲では食べていけない現実。ピアニストとして有名になりかけていたときに耳にきた。人生に悲観。書いていくうちに、やっぱり芸術のために行きたいという気持ちになっていく。

B自身は第9よりもミサ・ソレムニスこそ自分の最高峰と考えていた。指揮者が金輪際やりたくないぐらいの難しい曲。そして、弦楽四重奏曲第13番(やはり!!)と「大フーガ」。ここが急峻な道。

人類のために財産を残そうというのがBの気持ちにあった。それが交響曲、その最後に、人間は皆兄弟にならねばならないのだという当時の理想に到達する。第9の第四楽章で、こういう音ではない(nicht dieser Toene)と歌に入るときのジャン!!ジャン!!という音は、実は、蚤を潰すときの音。一般大衆にわからないなら芸術ではない。

交響曲第3番エロイカは、Bがボンに生まれたことと関係。10代後半でフランス革命。ボンは最先端の知的な大学街であり、フランスに一番近い町。自由平等博愛の精神が入っていた町。そこで青春を過ごして大学にも聴講。Bもボン大学に触れていた。(私、松田は、このボン大学に留学していました。Bは、先輩だった…!  実は、その意味では、カール・マルクスも私の先輩。)

第9…どの政治的立場からも称賛。ヒットラーも、バクーニンも、共産主義者もみんな好き。対立を乗り越えて人類は手を結び合う。専制主義と戦って自由主義が手を結ぶ、まさにこんにちの状況(私、松田はここで、ますます覇権指向を強める中国共産党独裁全体主義に対抗して自由主義圏が連帯していこうとする現在の状況を模して発言したもの)。まさにその通り。

当時のウィーンがヨーロッパの保守派の牙城だった。ナポレオンが攻めてきたのでBはウィーンに。Bは自由主義だったにも関わらず…。

Bがウィーンで有名になった理由は、ウィーンの皇帝の弟がボンの選帝侯、Bはその殿様のお気に入りだったので、ウィーンに向けて万端整えて、貴族たちに手を回してくれた。

これは音楽史に出ていないこと。天才だからといっても、いきなりというわけにはいかない。

ケルン・ボン選帝侯はドイツのカトリック世界の中で権威ある殿様だった。(私、松田も、ボンに在住時、なんでこんな田舎町にこんなすごい宮殿がと目を見張ったものですが)ブリュール(Bruehl)というすごい宮殿がボンにある。ちっぽけな街だが、それだけの蓄積があるのがボン。

それで、Bは最初からウィーンの貴族のサークルに入れた。そこで人生を謳歌した。彼自身が素敵だった。かっこよかった。若いころは。女性のほうから次々と…。やっぱり色気がないと。ピアノ曲をプレゼント、プレゼントされた女性たちは天にも上っただろう。

日本人にとってBとは…?本質的にBは真面目な人。苦悩を通じての歓喜を交響曲で表した。そういうものを日本人は本質的に好き。世界で色んな問題が起きているが、世界の人にとって日本人は想定外の人。衛生観念も。政府は迷走しても、国民は…。

最もドイツ人的な心であり、最も日本人的なところがBに共感。気質が違うから戦争などで日本人はいじめられた。敗戦から立ち直っていくというのがB。自分たちがそうだったから、日本人はBが好き。

政治の立場が違っても握手したくなる気持ちにさせてくれるのが音楽。メルケルはコロナに際しての演説で最初に文化力(Kultur Macht)と言った。その信念で彼らは揺れない。そこは日本人が音楽や文化を個人的な楽しみと考えているのとは大違い。

最後に生き残るパワーは芸術から。それがヨーロッパ。いつも戦争をしてきた。自分たちはこれだけパワーがあるという証拠を示すのも芸術だった。武力に行く前に芸術で。それがヨーロッパの生きる知恵。その点、東アジアは危ない。

人類の最後の力は文化力。今のようにガタガタするときこそ。自粛で文化が衰退しないよう。あらゆる苦しみを忘れられ、その後の生きる力になるのが音楽。その大事さがわかるのが危機の時。

東日本大震災とBとの結びつき、ドイツ人も感動した。人類に連帯を訴えたのがBだった。

…私たちはコロナ自粛で決して、芸術文化を衰退させてはならないと思います。命が大事なのはそうですが、命を超えるもののために生きているのが人間であり、それがあってこそ、危機を克服できる。ベートーヴェンの音楽は、それを教えてくれているものだと思います。

ここで引用された曲の音源を以下、2つ、紹介します。
ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番(アルバンベルク四重奏団)↓
https://www.youtube.com/watch?v=cSyh0KoB-D4

ベートーヴェン交響曲第9番…やはりフルトヴェングラーですね。↓
https://www.youtube.com/watch?v=lOdvFGpflJY&t=12s

●「天才・人間モーツァルトを樋口先生と語る」
ウィーンにとって日本がいかに大切な国であるか、その歴史的由来も詳しく解説。実は、日本は昔から文化レベルの極めて高い国としてウィーンの人々から尊敬の対象だったことも、私たちがあまり知らない日本の誇り。

なぜかくも、ウィーンフィルの方々は日本が好きで、あの元コンサートマスターのKüchl氏のみならず、日本人女性を妻とするメンバーが多いのか…。その理由を知らないわけではありませんが、ここでは記述を控えます。

そういえば、以前、ウィーフィルのチェリストたちと飲みましたが、酒が入ると「シモネタ」が…。この対談ではモーツァルトの女性関係にも触れました。

今回も面白い内容になったと思いますが、クラシックとなると視聴数が少ないのが残念。ぜひ、多くの方々にご覧いただき、コロナ禍を吹き飛ばしていただければと思います。モーツァルトの音楽が健康によいことは科学的にも証明されていますが、生きることに向けた力強さを与えてくれることは確かです。

…モーツァルトがなぜこんなに世界の人々から愛されているのか、国際シンポジウムを日本でやりたいと言われた、2006年のモーツァルト生誕250年のときのことだった。実は、このモーツァルトの音楽を支えているのは日本。スーパーマーケットですごいモーツァルトの曲がBGMで…この国はなんだ、水準の高さに驚かれた…。

文学の影響も大きい。日本でも小林秀雄の「モオツアルト」。世界でもそう。

映画では「アマデウス」。人間の心のひだに、じわっと入ってくる。決して聖人君子でない。音楽に共感できるのは、そういう人だったから…。

デモーニッシュでもある。サリエリが出てきて。芸術家として嫉妬して、モーツァルトの毒殺説。これはロシア文学のプーシキンから出てきた。ロシアの毒殺というものは、こんにちにはじまったものではない。

人間の欲望を包み隠さなかった。女性大好き。マリーアントワネットに、僕のお嫁さんにすると言った子供時代も。立派な父に連れられて私有色のための旅に。当時も今も書類作成など公務員的なことができないと欧州では大音楽家にはなれない。

モーツァルトの遊びの真実…多額の手切れ金を父親に出させた。就職のための旅先なのに、女性にほれ込んで失恋。ついに引っかかってしまったのが、妻となったコンスタンツェ。僕はゆうに200人の妻をもたなければならなかったでしょう…。作ったオペラの中で現実との区別がつかない。

賭け事大好き。貧困だったとされるが、収入は大きかった。貴族のそばで育ったから浪費好き。奥さんもそう。お金がいつもなくなっていた。

どこにでも需要に応じて音楽を書いた、なんでもできた人。マルチ人間。ボーリング場で遊びながら作曲。遊びは絶対にやめない。だから、体にくる。ダンスも一晩中、踊り続ける人。がさつだった。セックスと尾籠な話を取り混ぜた話が大好き。会う女性、会う女性に声をかけ、コンスタンツェは嫉妬、そして生活は破綻。

(…やさしいというイメージの音楽は、本当は強い、ザルツブルク音楽祭で、提言から力強く出るザルツブルクモーツァルテウムの演奏、ここでの演奏がモーツァルトの正当な解釈。)

音楽としての骨格のすばらしさこそが、実は、モーツァルトのすばらしさ。

健康に良いのはモーツァルトかバッハと言われる。音楽の純粋さが有機体に作用する。これ以上のコロナ対策はない…?人間そのものの免疫力を強化するのにいちばん効くのが音楽。人間を根底から強くしてくれる。

「魔笛」のタミーノは日本の狩衣を着て登場と最初から指定されている。

キリシタン時代からイエズス会を通じて日本の情報が入っていた。ローマに報告書。できたら日本を植民地にしようと…。それがドイツ語に訳されてウィーンに。すごい国だと、たいてい、日本をほめている報告書。倫理観、道徳観のすばらしさなど。サムライだけでなく一般庶民桃すばらしい。ウィーンの人々はそう教えられていた。

そういう憧れをもっていたところに19世紀末のウィーンでの万博。あの日本がたくさん来た。クリムト、分離派、モダンな絵画…浮世絵の影響。

日本人と結婚しているウィーンフィルの団員が多数。日本語がわかる人が多い。それは日本にとって財産。

文化的道徳的なことでは欧州で日本は高く評価されてきた。今回のコロナでも世界の人々は、日本はすごいなあ。

中国が金の力でウィーンの音楽にどんどん進出しても、やっぱり日本だ。口には出さないが、基本的な倫理観を日本は共有していると、教養ある人々は感じている。その点、中国は…基本的な倫理観が欠落。我々は倫理観や文化の高さを欧州と共有してきた国。

モーツァルトをもっと楽しんで、免疫力強化を…!!

Ⅱ.宇山卓栄氏(著作家)との音楽対談
●「生誕250周年、ベートーヴェンを語る」
今回はベートーヴェンをめぐる音楽対談を大のクラシックマニアでもある著作家の宇山卓栄さんといたしました。

番組の最初に、私が2月15日(友好音楽祭オケ)と4月4日(METT管弦楽団)にそれぞれチェリストとして出演するオーケストラコンサートとの宣伝と曲の解説もしています(後者のコンサートは残念ながらコロナで中止になりました)。

この楽聖が作曲した曲のなかで最も好きな曲は? コリオラン序曲と答えた宇山さんは、後期の弦楽四重奏曲、例えば13番変ロ長調という私の答に少し驚いておられたようです。自らチェロを奏する者として、さまざまな音楽体験や人生経験、ヨーロッパ本場での生活などを重ねていくと、ベートーヴェンが難聴に苦しむなかで聴こえてきた精神の内なる響きと、内省の末に到達した音楽性の境地が与えてくれる得も言われぬ感動を覚えるようになるものです。


●「音楽で考える民族と社会---ドイツ音楽 VS フランス音楽」
2019年9月16日、METT管弦楽団の演奏会は、おかげさまで好評でした。特にチェロパートは上手かった、音楽に乗って、バシッときまっていたとの声も…。私の場合、トップだけが弾く緊張すべき?ソロの箇所もあったのですが、全体として、今回も存分に奏者として音楽を楽しみました。ベートーベン「フィデリオ序曲」のあとのベートーベン交響曲第1番は、聴きに来ていただいた宇山卓栄さんによれば、出来が良かったようです。メインはチェロの見せどころの多い、奏者にとっては難曲のドボルザーク交響曲第7番、こちらはやっぱり出ましたBravo!…。楽譜通り完璧に弾くことよりも、感動を与えることのほうが重要、本番が終わったあとは、あまり反省しないことにしています。

ちなみに、今回の演奏について、著作家で松田政策研究所の研究員でクラシックに造詣の深い宇山卓栄さんによる、動画でのコメントが的確です。お褒めいただき恐縮です。こちらの「音楽対談」の動画の冒頭部分を、ご覧ください。もちろん、動画全体もよろしければ、ぜひ。


●松田学のチェロ演奏…オーケストラにて
最後に、上記の宇山さんとの対談で、過分なるお褒めの言葉をいただいている私がチェロのトップとして出演したMETT管弦楽団の本番から、ドボルザーク「交響曲第7番」の第三楽章より、動画でナマ収録をお楽しみください。

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Author:matsuda-manabu
松田政策研究所は、松田学を中心とした講師・研究員が、これからの日本の未来に関する国家像や社会の在り様について総合的な調査・研究 を行い、夢を持てる国づくりの基盤を創り、社会と国家の発展に寄与するのが目的です。

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