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動画ろんだん@松田政策研究所⑪~(特集)日本の教育、日本のメディア~

今回の動画ろんだんでは、一つは日本の教育問題という括りで松田政策研究所の動画をご紹介します。まず、教育の基本問題として、戦後の教育をゆがめてきた日教組題にも触れつつ、竹田恒泰氏が存分に思いを語ります。教育の基本にあるのはやはり愛国心。これはどの国でも当たり前のこと。次に、最近話題の英語民間試験問題を松田学が取り上げます。そこでの問題提起も受けつつ、教育全般について、日本の政策当事者でもある柴山昌彦前文部科学大臣がさまざまな論点に答える対談をご紹介します。もう一つのテーマは日本のメディア問題。いまのマスコミには果たして真実を伝える力があるのか、アゴラ編集長の新田哲史氏とともに語っています。ぜひ、ご覧ください。

Ⅰ.ここがおかしい、日本の教育
教育の自立というものがまだない…。日本はどうも、普通の国とはここがまだ違う…。特別対談シリーズ『日本悪化の亡国奴!お前のせいだ!』では、政治評論家で作家の竹田恒泰さんと教育問題や愛国心などについて2本、発信しています。

その1では、日本の教育を悪くしたのは誰か、何なのかを追及しています。
もともとはズバリ、それはGHQの占領政策を実現するために設立された日教組。戦争で大変な強敵だった日本に対し、米国は精神的な武装解除を実行、愛国=戦争、との構図の中で、GHQは愛国を剥ぎ取ろうとした。現在では、国内の反日勢力が日本の教育を悪くしている元凶となっていますが、彼ら自身は、自分たちは反日ではなく、正義だと思い込んでいることが問題をややこしくしている。日本の良いことも悪いこともきちんと書いた真っ当な教科書なくして、本当の戦後の復興はない…。
これに続くその2では、国歌・国旗や愛国心について論じています。

もともと国旗掲揚を禁止していたのはGHQでした。どの国も、国歌や国旗を尊重するのは市民として当たり前のこと。それを共通の前提とした上で、右左の政治的立場が分かれますが、日本は、これを巡って、親日か反日かで立場が分かれ、国旗掲揚自体が政治闘争にもなる異様な国。そもそも日本はドイツなどとは異なり、ポツダム宣言受諾で国体を存続させました。戦前から国歌も国旗も受け継いだ日本は、戦争で政体が変わったわけではありません。
英国では教育の真の目的は、歴史と哲学と愛国心の3つを教えることにあるとされますが、いずれも欠いているのが日本の教育。
国際社会の中で大問題なのは、日本人が日本のことをあまりに知らないこと。日本の建国者は誰かとの問いに、神武天皇と答えられた日本の高校生はたった2%、これは他国では考えられないことで、ちなみに回答の第3位がマッカーサーだったとのこと。韓国けしからん論の前に、まず日本人が日本の歴史を学ぶべき。
自己肯定感の重要性が指摘されていますが、愛国心は城郭の基礎部分のようなもの。「引きこもり」などの日本の病も、愛国心が解消できはるはず。
本当の敵は、何事も損得で考える過度の合理主義や功利主義なのかもしれません。人間の能力には限界があり、人間の想像力を超えるものが存在する、だから、伝統を大切にする。戦後失われた日本人の根幹を取り戻さなければならない…。
いずれも溜飲が下がる思いの番組になりました。

●対談 その1『日本の教育何が悪い?』、竹田恒泰氏

●対談 その2『国歌・国旗の軽視はなぜ起こる?』、竹田恒泰氏
●松田学の【ニュースを斬る!】『文部大臣発言から考える。日本の英語教育は間違っている!』
萩生田文科相の「身の丈に合わせて」発言で、大学入学共通テストへの「英語民間試験」の活用が、2024年まで延期されることになりました。そもそもこの仕組み、GTECや英検、IELTSやTOEFLといった民間が実施する7種の英語検定試験の結果を、全国一律の大学入試に取り込むものなのですが、さまざまな問題点が指摘されていました。
評価基準がまちまち、民間試験への対策が高校での英語授業の目的になり、試験機関の教材が使われたら利益相反、これら試験そのものの信頼性も疑わしい…。最も問題になったのは、高い受験料を払っての2回に限られた受験機会が、経済的にも地理的にも受験生に不公平ということでした。教育機会の格差是正に反するもので、文科相発言は格差の拡大を是認するもの…。
延長についても、すでに準備を始めていた受験生に混乱をもたらすなど、非難轟々ですが、その前に、英語教育自体についてもっと考えるべき本質論があるように思います。
民間テストの趣旨は、英会話能力を入試の採点に加えること。しかし、それは果たして大学で勉学するに必要な資質なのでしょうか。どうも東大は、この民間テストを無視する方針だったようですが、私の経験でも、東大の二次試験は、国語だけでなく、英語も数学も社会も…、どの科目もが徹底的に日本語の表現力を試すものでした。
いまや小学校でも、英会話教育が国語の授業時間を削減してまで広く取り入れられているようですが、何よりも大事なのは、正しい日本語の教育のはずです。人間は幼少時から身に着けた母国語でこそ深い思考ができるもの。英会話能力はグローバル社会では不可欠ですが、そもそも言語の表現力とは、思考力や表現内容の充実に伴って向上するものだと思います。母国の歴史・文化、自国の立場などを外国人に語れる人でなければ、国際社会では相手にされないのは、国際経験が豊かな方々の多くが実感しています。日本人自身がもっと日本のことを学ぶことこそが大事。英会話能力は手段に過ぎません。
私が知る限り、外国人と真のコミュニケーションができる外国語能力は、必要に迫られてこそ身に着くものです。たとえば外国人と外国で恋愛をすれば、語学はすぐに上達します。英会話能力を本当に向上させたいなら、否応なしに外国語で話せねばならない環境にもっと多くの日本人を放り込むことを、国を挙げて考えるべきです。日本人は読み書きでは英語の基礎訓練を受けていますから、あとは本人の自覚と環境と経験次第。

以下、松田学からの問題提起をご覧ください。
●対談『日本の教育・科学行政を考える。英語認定試験導入の是非は?』、柴山昌彦・衆議院議員(前文部科学大臣)
日本の教育は大丈夫?延期された民間英語試験の本来の趣旨は?記述式をアルバイトが採点する?自民党の柴山昌彦・前文部科学大臣は、私が衆院内閣委員会で議員活動をしていたときの歴代内閣委員長のお一人でした。
実は、萩生田・現文科大臣の「身の丈発言」でも有名になった英語民間試験、その検討は歴史の古いものだった…。(確かに、書く、話すという英語での表現能力は、ビジネスでもプレゼン能力としても問われているのは事実。)医学的にも幼い頃から耳を慣れさせることが重要、一部の優秀な人だけでなく、国民の多くが使える語学にする。不公平とされる民間試験も、最初からそれありきではなく、韓国でも国の統一方式を導入しようとしたが、失敗したもの。云々…。
では、記述式は?入学試験で記述式を採用する大学が減っており、日本語表現能力の立て直しが問われている。コピペではなく、論理的な思考能力を。(なるほど…。)本当はそうしたくないが、民間人による採点は物理的な制約によるもので、他にどうしようもないもの…。
いずれにしても、本来は各大学自身が自覚して対応すべき問題ですし、国が入試制度で統一的に対応しなければならない今の仕組みそのものに問題があるように、私としては思います。
その他、東大を頂点とする受験中心の教育は多様なパスと独創性を重視する教育に変革すべし、教育の現場はモンスターペアレントで荒れている、最近の大学の研究費のあり方は日本の基礎的な科学技術力やイノベーション力を衰えさせているのでは?等々、私から様々な論点をぶつけましたが、柴山議員の言からは、国の教育行政のトップは問題の所在は十分にわかっているようです。問題は、それが現場に徹底しないこと。そこに教育の最大の問題があるようです。
では、現場は?やはり日教組?…。溝はまだまだ深いとのこと。やはりナショナリティのしっかりした人材を。
保守系議員としての柴山議員とは、保守とは守旧にあらず、伝統を大切にしながら急速に進むグローバル化や技術革新に対応していく「新しい保守」を、で、私と意見が一致。何を聞いても真面目なご答弁。大声でのスローガンで目立つだけが政治家ではなく、誠実さを感じさせるタイプの政治家の存在は大変貴重だと思います。
Ⅱ.フェイクだらけで衰退する日本のメディアの危機
●対談『いまの日メディアの55年体制とは?オールドメディアの劣化とネットの役割』、新田哲史・アゴラ編集長
いまの日本で最高権力者は誰か?といえぱ、答は間違いなくメディアです。
週刊誌が政局を作り、テレビが選挙結果を決め、白の人も黒になる…。
フェイクという言葉がトランプ以降、流行っていますが、日本の報道もフェイクだらけ…。それを信じる国民はどうなる!マスコミ報道に問題あり!!と思っている方々も、そうでもない方々も、ぜひ、ご覧ください。
最初は、なぜ台風が来るときに?の国会質問通告で話題になった森ゆう子・参議院議員の話題から…。視聴者や読者のウケ狙いに走るメディア報道で国民は真の問題の所在をつかめないまま、政治はパフォーマンス政治に走り、結果として日本は本質的な課題解決ができない国になってしまっています。ワンパターンの権力批判から脱しないかつての万年野党の「55年体制」から脱し得ていないのは日本のメディア…。本来は真実に迫り、事実を報道するのがメディアの役割なのに、その機能も能力も大きく低下しているようです。
私も、かつての議員時代も、そして現在も、その弊害からずいぶんと被害を受けてきた一人です。どこかの志の低い思惑が動機でタレコミされたフェイク情報に基づいて、最初にセンセーショナルな報道内容を組み立て、それに即して都合よく「取材」し、本当のことを知っている当事者にインタビューしても、それは取材したとのエビデンスをとるために過ぎず、たいていは、その逆のことが記事になる。そして国民はそれを信じてしまう。
報道された当事者にとってはほとんど人権侵害のようなことが平気で起こっていますが、これはメディア自体が特定の勢力に支配され、それが真実だと信じてしまう国民の志まで下げてしまっていることにもならないか。私からはこんな論点もぶつけてみました。新田さんの答えからも、記者の質や取材力の低下ということが指摘できそうです。
国民がどれだけ質の高い情報を共有するかが一国の命運を左右します。表現の自由を盾に制御の効かないメディアはどこに向かうのか、真実を報道していないことに国民が気が付いたことで力を失いつつあるマスコミに代わるものとして、ネットにはそれを補う力がどこまであるのか。考える素材が満載の番組です。
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Author:matsuda-manabu
松田政策研究所は、松田学を中心とした講師・研究員が、これからの日本の未来に関する国家像や社会の在り様について総合的な調査・研究 を行い、夢を持てる国づくりの基盤を創り、社会と国家の発展に寄与するのが目的です。

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