今年を日本のチャンスの年に~トリレンマから解く国際情勢~松田まなぶのビデオレター
- 2017/01/17
- 23:50
去る2016年は、英国のEU離脱やトランプ勝利など、想定外の事態が相次ぎ、「不確実性」という言葉が飛び交う一年となりました。しかし、どんな想定外の事態にも、その底流には歴史的必然性があり、この潮流を読むことが、今年の2017年の日本のあり方を考える上で必要です。
近年の世界の大きな潮流といえばグローバリゼーションですが、これが世界の政治情勢に目に見える形で変えて影響を与えるようになりました。
グローバリゼーションによって、新興国では所得水準が大幅に上がり、中間層が増大した一方、欧米では中間層の一部が所得が低下する傾向が強まりました。
米国は完全雇用状態にある中にあっても、雇用の増加はサービス産業が中心で、「ラストベルト」に象徴されるトランプの支持層でもある製造業の雇用は減少し、全体の賃金の伸びも鈍い状態です。
中間層が「より豊かな生活への期待」を喪失したことが、反エリート感情や、低賃金でも働く移民への反感につながっています。
●世界経済の政治的トリレンマ
「トリレンマ」という言葉があります。これは3つの命題を同時達成することはできず、2つを成り立たせようとすれば、1つは犠牲になるというもので、「国際金融のトリレンマ」が有名です。
つまり、A自由な資本移動、と、B為替相場の安定、と、C独立した金融政策、ですが、欧州のユーロ圏では、Aの自由な資本移動と、Bの域内固定為替を確保する代わりに、各国の金融政策を欧州中央銀行に譲り渡してCを犠牲にしています。
日本や米国は、AとCを成り立たせいる代わりに、Bの為替相場は大きく変動しています。
中国は、かつては資本移動を規制し、為替は人民元のドルペッグで、Aを犠牲にしてBとCは成り立たせてきましたが、最近ではAの資本移動が自由化されるに連れて、Bの人民元の安定が損なわれるようになっています。
これを政治に応用したのが、「世界経済の政治的トリレンマ」です。ハーバード大学教授のダニ・ロドリックが提唱したものです。下の[図1]をご覧ください。
[図1]
つまり、①グローバリゼーションと、②国家主権(国家の自立)と、③民主主義の3つが同時に成り立つことは困難だというトリレンマです。
中国は、①グローバリゼーションの波に乗って国際経済統合の中で発展してきた一方、②の国家主権は最近ますます出張ってきていますが、③の民主主義はダメです。
EU諸国では、②の国家主権をEUに譲り渡して①のグローバリゼーションを進めてきました。しかし、グローバリゼーションが③の健全な民主主義の基礎である中間層の崩壊を進め、それが国民投票の結果、EU離脱の形で②の国家主権を取り戻すとともに、①のグローバリゼーション(特にヒトの移動)に一定の歯止めをかけるようとする動きとなって現われたのがブレグジットでした。
米国でも同じように、①のグローバリゼーションが③の中間層の崩壊を促進し、大統領選の結果、「アメリカ・ファースト」に象徴される②の国家主権(国益)重視と、TPP脱退など①のグローバリゼーションに掉さす動きに至ったのがトランプ勝利でした。
このトリレンマのうち③で大事なのは健全な中間層であり、トリレンマ解消の上でポイントとなるのも中間層だと思います。
そこに政治はいかなる夢を創り出せるか、それが、各国が直面する政治の課題です。
●トランプ誕生とパクス・アメリカーナの終焉
いま欧米で起こっているのは、政治の「建前」に対する、中間層の「本音」の反逆です。下の[図2]の上部をご覧ください。
[図2]
誰もが反対できない政治の理念を「自由」、「平等」、「博愛」だとすれば、中間層にとっては、「自由」は市場競争とグローバリズムを通じて「格差」をもたらし、「平等」は、米国ではマイノリティーの権利を重視する「ポリティカル・コレクトネス」の硬直性が、逆差別や不自由をもたらし、「博愛」は、欧州では難民受入れで混乱や社会不安をもたらしたと映ることになりました。
結果として、建前を掲げる政治的エリートに対して中間層がレッドカードを突きつけることになりました。
では、こうしてトランプ大統領が誕生することになったことで、国際秩序はどうなっていくのでしょうか。下の[図3]をご覧ください。
国際問題研究所の小谷哲男さんから聞いた話ですが、歴史的にみて、米国の外交政策は、それを担う大統領のタイプとの関係で、4つのパターンに分類されるそうです。
[図3]
それは、①商工業の発展と海洋国家を重視し、共和党の考え方の源流になったとされる「ハミルトニアン」、②農民(現在でいえば労働者)を重視し、内向き志向で現在の民主党の考え方の源流となったとされる「ジェファソニアン」、③政治的エリートではなくポピュリズムの代表とされ、米国の安全や国威を重視して、そのための軍事力行使を辞さず、白人のための民主主義だったとされるジャクソン大統領の「ジャクソニアン」。
それに、④自由や民主主義や人権といった米国の理念を世界に提唱したウィルソン大統領の「ウィルソニアン」を加えた4つのパターンです。
今から100年前の1917年に、ウィルソン大統領は、それまでのモンロー主義を転換して第一次世界大戦に参戦し、戦後は国際連盟を提唱することになります。ちょうどこの年、ロシア革命が起こり、ソ連が誕生することにもなります。
果たしてトランプ大統領はどのパターンなのか。①、②、③の側面を持ちつつも、少なくとも、④のウィルソニアンではなさそうです。
この100年、世界はウィルソニアンの米国のもとで「パクス・アメリカーナ」(米国の世界覇権)の時代が続きました。米国は民主主義と自由市場経済の宣教師として国際秩序の形成者になり、第二次世界大戦後は、ブレトンウッズ体制、IMF・ガット体制を築きました。
トランプ大統領はマクロ経済政策などの面ではレーガン大統領に近いとされますが、外交面ではウィルソニアンを放棄し、アメリカ・ファーストの自国の国益を優先する実益追求型国家に転換する大統領となることで、100年間続いたパクス・アメリカーナが2017年の今年に終焉する可能性があります。
これは国際秩序の大転換です。
●国際秩序の担い手としての日本
この100年、政治秩序は、経済社会面や価値観と一体でした。
20世紀は「世界のアメリカ化」が進んだ世紀でした。世界中の憧れの的になっていく大衆消費社会やアメリカン・ウェイ・オブ・ライフは、「ソ連秩序」を崩壊させ、世界をある意味で一体化させました。
経済システムも、ブレトンウッズ体制やIMF・GATT体制は、米ドル基軸通貨体制と内外無差別原則による市場経済ルールを基本とするもので、米国はそのルールメイキングを先導する国でもありました。
それが行き着いた先が、「内外無差別原則」を徹底する国際経済ルールであるTPPでした。これをトランプは放棄する。米国は警察官だけでなく、秩序形成者の役割をも放棄するのか、ということになります。
これまで、米国の国際社会に対する関与、介入は、民主主義や自由市場や人権といった価値観を大義名分としてきましたが、今後はトランプ大統領のもとで、国際社会に対する関与は選択的になるとしても、その介入はこうした理念的価値ではなく、実益(米国の国益)のための介入になるのか、ということになります。
この100年の米国秩序のもとで、我々、現在生存する人類は、米国が世界最大の経済大国である国際秩序以外の国際秩序を知りません。
中国は労働力人口が米国の4倍ですから、労働生産性が米国の4分の1に達すれば、経済規模で米国を抜くことになります。購買力平価では、その日はもう来ているという説もあります。
その中国は、建国100年の2049年に向けて、米国を抜いた世界最大最強の大国となることを目指しています。しかし、民主主義ではありません。
この中国が世界最大の超大国になったときに、どんな国際秩序が現出するか。
国際秩序は超大国の経済力だけでは決まりません。その国の社会のあり方や、人々の価値観が世界の中核となり得るものであるかなど、様々な要素が関係します。
中国は、米国とは異なり、第一に、ウィルソニアン(普遍的な価値の伝道)というものがありません。第二に、それに基づくルールメイキングの経験の蓄積もありません。第三に、世界の人々にとって魅力的なライフスタイル(クール)もありません。
むしろ、中国が共産主義に代わる価値観としてナショナリズム(一帯一路構想など)を中核としている国である限り、それは、中国が魅力やソフトパワーや価値の面で主導国となることを大きく制約するでしょう。周辺国が拒否感を抱くことになります。
では、ポスト「パクス・アメリカーナ」の世界では、どの国が普遍的価値の唱道者となり、ルールメイキングの主導者となり、魅力的な価値創造の担い手となるのか。
私はそこに、日本の役割が期待できると思います。
先の[図2]の下の部分をご覧ください。
もはや世界は多極化されたと言われて久しいですが、これからは大国間での役割分担が明確化してくるのではないかと思います。
日本は「大国」の新たなあり方を構築することになります。「大国」が「覇権国」を意味しない大国です。
日本の場合は宣教師的な価値の押し付けでなく、模倣(あれっていいね、あれを参考にしよう)と魅力とクール(なんとなくカッコイイ)で、日本に、あるいは日本人によって創造される価値が世界に自然と伝播していく。そのような意味での国際秩序形成者になる。
これが、私が提唱してきた「日本新秩序」が「世界新秩序」になっていくという、日本のこれからの道行きです。
その日本人の営みの中核となるのが、日本の独自の強さを活かした「課題解決」です。日本が世界のモデルを創り、お手本になっていく。
2017年の干支の「丁酉」は、よく、混乱とか多事多難を暗示すると言われますが、それだけでなく、物事が頂点に達して転換期を迎える年という意味合いがあるそうです。
国際秩序が変動する中にあってこそ、日本は「日本らしい日本」を自覚的に再定義し、次なる成長軌道を展望する一年にできればと思います。
松田まなぶのビデオレター、第53回は「今年はどうなる?トリレンマから解く国際情勢」。チャンネル桜、1月10日放映。
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