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衆院内閣委員会@沖縄-その2石垣島パート1 -

 衆院内閣委員会の理事会メンバーによる沖縄出張、2日目の6月24日は石垣島を視察しました。
 その日の朝、最初に訪れたのが石垣市役所でした。中山義隆・市長、漢那政弘・副市長等、市の幹部と意見交換を行いました。委員長始め、各メンバーから活発な質疑が行われました。

 私として特に関心があったのは、日本と台湾との間で取決めが結ばれた、まぐろのはえなわ漁業についてです。去る2月に日本維新の会の沖縄PTとして石垣島を訪れた際に、地元の漁業関係者から受けた陳情に基づき、3月に台湾に出かけて漁業当局などと意見交換しましたが、台湾漁船の操業の改善状況については、はえなわ漁業が本格化する4月以降の状況を見てほしいとも言われておりました。
 それについて中山市長に質したところ、少なくとも市長としては強い問題意識を感じておられる様子はなく、これは、改善措置がうまくいっているためなのか、とりあえず大きな問題は生じていないということなのか…。

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「私の右側が柴山・内閣委員長」

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「真ん中の白いシャツ姿が中山・石垣市長」

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「柴山委員長挨拶」

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 石垣市役所前で、前列左より、柴山昌彦・内閣委員長(自民党)、中山・石垣市長、西川公也・理事(自民党筆頭)、高木美智代・理事(公明党)[…石垣市役所から視察に合流]、私、橘慶一郎・理事(自民党)、平井卓也・理事(自民党)、平将明・理事(自民党)、大熊利昭議員(みんなの党)、赤嶺政賢議員(共産党)です。
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 次に訪れたのは、八重山平和祈念館です。第2次世界大戦中、米軍からの攻撃を理由に、石垣島や波照間島(はてるまじま)の住人が強制的に西表島(いりおもてじま)などに移住させられました。その理由は「戦闘時、住民が邪魔だから」、「住民が米軍に捕えられたら日本軍の情報を漏らすかもしれない」「住民から食糧や住居などを徴発するため」などと言われています。疎開先は、マラリア有病地帯であり、その結果、八重山人口36000人のうち、3647人がマラリアで亡くなりました。この記念館には、こうした戦争マラリアの実相と、戦後のマラリア撲滅までの道筋が、写真や資料、関連番組のビデオなどで説明・展示されています。

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 その後、私たち一行は八重山戦争マラリア犠牲者慰霊の碑を参拝し、献花いたしました。

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 その後、私たちは石垣港を視察。石垣島は、沖縄本島から南西に約410㎞離れた八重山群島の中心にあり、ここに位置する石垣港は日本最南端の重要港湾です。古くから沖縄本島、日本本土及び台湾等諸外国と八重山群島との物・人の交流拠点として発展してきました。現在では、1万t級の貨客船が接岸可能なバ-スを有する名実ともに日本最南端の重要港湾として更なる発展が期待されています。石垣港において大規模船舶が着岸可能な岸壁や、港内の静穏度を向上させる防波堤を整備したことで、貨物の大量輸送が可能となりました。
 最近では、国際的な観光・リゾート拠点として、広域的クルージングネットワークの形成の一翼を担うため、大型旅客船に対応した施設を設置しようとしています。クルージングで寄稿した際に台湾や中国の方々がショッピング等で地元に落としてくれるおカネは沖縄の地元経済振興の上で大きな期待が持てますが、沖縄本島よりも台湾の方に近い位置にある石垣島は、その上で地理的に極めて有利です。
 今回の沖縄視察、現地での案内は内閣府沖縄総合事務局が担当しましたが、内閣府本府の方のみならず、ここ石垣港では、国土交通省の本省からも、港湾局・産業港湾課長の高田昌行氏が来ていました。同氏は私が長年、京都の上村多恵子氏とともに続けている「新公共サービス研究会」のメンバーとしても親しくさせていただいています。意外な場所で、お目にかかりました。

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「私の隣は高田昌行・国土交通省本省課長」

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 その後、石垣島の「みんさー工芸館」を訪れました。ミンサー織りは沖縄の伝統的な織物の一つで、素材は木綿、たて畝織りで、厚みがあり、素朴な美しさがあります。起源はアフガニスタンで、チベット、中国を経由して伝わった織物技術が、沖縄の地で独自の発達を遂げたものと言われます。特に石垣島で見た八重山ミンサーは、藍色の地に五つの■と四つの■で構成された絣(かすり)模様を特徴としており、主に帯として使用されていますが、ネクタイや財布、装飾品など、さまざまな用途に活用されています。ちなみに、ミンサーという言葉は「綿(ミン)で織られた幅の狭(サー)い帯」から来たものです。

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 ところで、この五つの■と四つの■が交互に並ぶ紋様で統一されている八重山ミンサー、「い(五)つの世(四)も、あなたへの愛は変わりません。」という意味が込められたものだそうです。「次の世は、あなたと一緒はこりごりです」などと言われている男性諸氏が多い中で、少しばかり心をあたためてくれる話でした。

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 昼食は、ANA INTERNATIONAL ISHIGAKI RESORT。部屋からの石垣の海の眺望はすばらしいものでした。

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(続く…次回は石垣島パート2)

 前日6月23日の模様(沖縄本島にて沖縄全戦没者追悼式に出席)については、こちらをご覧ください。    
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松田政策研究所は、松田学を中心とした講師・研究員が、これからの日本の未来に関する国家像や社会の在り様について総合的な調査・研究 を行い、夢を持てる国づくりの基盤を創り、社会と国家の発展に寄与するのが目的です。

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