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松田まなぶ 新しい太陽-その5-

新党名は「次世代の党」に決定。



 石原グループの新党名が「次世代の党」に決まりました。同グループ所属国会議員による投票を経て、6月26日に最終決定、ただちに記者発表が行われました。アントニオ猪木・参議院議員の掛け声で、新党最若手の坂元大輔・衆議院議員が新党名を掲げるという発表のスタイルがとられましたが、その場で、前列に一期生が、後列にベテラン議員が並ぶ形をとったのは、新党の性格を表現しようとしたものです。



 各議員には多くの一般の方々から党名のアイデアが寄せられ、それらも踏まえて各議員は一人10案までを限度に党名案を提出、沖縄に出張中の私が石垣空港で電話連絡を受けた際には、80を超える党名案を告げられ、その中から3つに絞って投票してほしいと言われたときには、大変迷いました。自立、新保守、次世代をキーワードとする新党の性格を反映しつつも、やはり、国民に馴染みのあるワードでなければならないと思いましたし、同時に、「維新」の本流を継承すると自負する我々としては、「新しい国づくり」にふさわしい名称である必要もあると考えました。投票の結果、案は5つに絞られ、最終選考に付された結果、「次世代の党」になった次第です。



 これまで少なくとも日本には、投票権を持たない次の世代に明確に軸足を置いた政党は存在しなかったと思います。逆に、どちらかといえば、社会が高齢化すれば高齢世代の票を気にするなど、集票を意識して刹那的な人気取りに走ってきたのが日本の(おそらくどの国でも)政党政治でした。そこには、大衆民主主義の限界もありました。結果として、政治はバラマキに走り、必要な負担増は回避され続け、処理しようもない莫大な政府債務残高が次の世代を負担で苦しめる結果となってしまいました。
 私は、日本の財政について「不都合な真実」という言葉を最初に使った人間です。選挙で票が逃げることを恐れるあまり、真実であっても選挙にとって不都合であれば政治は国民に正直に語ることなく、むしろ、真実を隠ぺいすべく、問題の本質から国民の目をそむけさせ、課題を先送りする。そのような政治が続いてきたことが、近年の日本の問題の本質です。これを打破する新しいスタイルの政治を本格的に始める役割を日本維新の会は果たしてきたはずです。

 およそ政治の役割は、国家を永続させることにより、一人一人の国民に選択の自由を保証し、生きるよすがと意味を生み出す基盤を形成することにあると思います。永続する国家という概念において、人は限りある生を超えた価値とつながる。国家は時間軸を通じて次世代を意味するものになります。こうした時間軸を意識した政党名は憲政史上、初めてのものかもしれません。



 この「失われた20年」の間、先送りされた諸課題は、次世代を起点にした設計を組み立てることで初めて、本質的な解決を見出すことになると考えます。数々の「改革」が真に奏功しないのも、政治の起点を誤ってきたからではないでしょうか。この際、原点を、未だ投票権を持たない次なる国民へと思い切って移してみる。これは集票を基盤に展開される政治の属性からみれば一種のパラドックスでありますが、そのような大転換にチャレンジしてみてこそ、日本の次への道が開かれると思います。
 具体的な政策のレベルにおいても、日本維新の会が唱えてきたような、公会計改革を通じた財政運営の大改革の目的は、次世代に優れた純資産を残すことであり、それを国民の自立的な選択によって実現することが、財政健全化責任法案に託していた私の期待でありました。社会保障もそうです。賦課方式の年金を始め、現在の制度設計は少子化・超高齢化社会にあっては、若年世代や将来世代にとってはあまり酷なものです。日本最大の格差の問題とは、世代間不公平です。持てる高齢世代の資産の活用で「世代内の助け合い」を促進し、次世代へのおんぶに抱っこから脱して世代としての尊厳ある自立を達成すべきです。自分たちの子や孫たちがかわいくないのか、ここに新しい政治の原点があります。
 政治の本来の役割は、日本の未来を描き、これを競い合い、国民自らが日本の未来を選択する行為にあると思います。だからこそ、自主憲法の制定が今の日本にとっては不可欠だということになります。単に憲法を変えるということ以上の意味がそこにあります。政治のイノベーションが必要です。

 「次世代の党」が意味するところは、新党が他のキーワードとする「自立」、「新保守」とともに、近々、上梓する予定の拙著「国力倍増論」で明らかにしたいと思います。



[党名が決まるまでの経緯に関して]
 私自身は、次のようなカテゴリーで10の党名案を出させていただいていました。
 一つは、「大化の改新」にちなんだものです。日本がときのグローバリゼーションの潮流に向き合い、独立自尊の精神で自国のあり方を再定義し、「新しい国づくり」へと国家を進めたのは、歴史上、明治維新と紀元645年の大化の改新でした。近代日本の原点である維新よりもさらに根源的な日本立国の原点に立脚する政党として、大化の改新にちなんだ名称が良いのではないかと考えた次第です。「大化」は日本の最初の元号でもあります。最後に残った5案のうち、一つは、この「改新」にちなんだ名称でした。しかし、「改心」と間違えられるという難点が指摘されました。
 もう一つは、「太陽」にちなんだ名称でした。かつての「たちあがれ日本」の英語名は、「Sunrise Party of Japan」であり、「太陽の党」の英語名は、「Sunrise Party」。他方、「日本維新の会」の英語名は「Japan Restoration Party」ですが、これについては私が長年の知人である日本在住の某米国人に意見を聞いてみたことがあります。彼の答は、Restorationは復古のイメージのほうが強く、維新のイメージを表すためには、むしろ、Rising Sun Partyのほうが良いというものでした。このように、日本維新の会への合流前から、両党は「太陽」で一致していたというのが私の認識です。つまり、「太陽」は、東西対立と言われながらも、当初から原点は一致していたという私の主張を裏付けるものでもありました。その原点を継承する政党という説明になりますが、太陽を表す良い表現はなかなかなかったようで、これは5案にも残りませんでした。
 このほか、かつてTPP興国論」や「ニッポン興国論」を書いた著者として「興国」を冠した案も出しましたが、もう一つのカテゴリーとして「次世代」を表す案は、私も出しておりました。ただ、次世代というとあまりに直截なので、「新世代」など少しひねった案にしていたのですが、あとで考えてみれば、「次世代」のほうがすっきりと大事なことが表現された含蓄のある言葉だと気が付きました。5つに絞られた段階で、たぶん、これしかないだろうな、と思っていたところ、やはり、この名称に決まりました。

 実は、選には漏れたものの、「ヤマト」という案が中丸啓・衆議院議員から出されており、石原慎太郎氏も気に入っていたのですが、「ヤマト」ではすでに商標登録されている名称との関係で難点があったようです。宇宙戦艦ヤマト、クロネコヤマトなど。ひらがなで「やまと」にして、例えば「やまとの党」などであればよかったのでしょうか。これも一案だったと思いますので、少しもったいないような気もしています。
 いずれにしても、一見平凡にみえても、何度か聞いているうちにその良さがにじみ出てくるのが「次世代の党」であり、落ち着くところに落ち着いたと思います。

 その名の表すとおりの政治を実現していく所存です。
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松田政策研究所は、松田学を中心とした講師・研究員が、これからの日本の未来に関する国家像や社会の在り様について総合的な調査・研究 を行い、夢を持てる国づくりの基盤を創り、社会と国家の発展に寄与するのが目的です。

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